第4コーナーを回って直線、先頭はウマカポイント
府中、東京競馬場。5月特有の強い日差しで、ターフの緑がいっそう鮮やかに映える。少し汗ばむ陽気だが、風はどこか心地いい。
場内はゴールデンウィークらしい浮き足だった熱気に包まれている。ベテランたちは新聞を片手に淀(京都競馬場)の3200メートル、天皇賞・春を待っている。
と気取って書き出してみたが、私が競馬場へ行くのはこれが初めてだ。競馬のことはなにも知らない。たまたま府中へ行く用事があったので、ついでにと足を運んでみただけである。
広々とした空間に、多数の人々が行き交う。独特の熱気を感じる。
場内のレストランには勝負所らしいメニューが並ぶ。「カツ(勝つ)カレー」はもちろんのこと、「海老・いか・穴子の三連単丼」「大穴ハンバーグカレー」「ホワイトホースのうまハイ」などなど… 鰻を出す店があったが、やはり大勝ちしたらパーっとこういうところで祝杯をあげるのだろうか。
馬券を購入するICカードは「UMACA」。みなさん知ってました?新聞で「ソフト開発者が設計図を公開できるサイト、ギットハブ」とか書かれたら、エンジニア界隈は大草原不可避みたいな雰囲気になりがちだが、誰もが何かしらの分野では無知なのだ。UMACAで買ったら、UMACAポイントがもらえるんだぞ。
せっかくなので、ひとつくらい馬券を買ってみたい。しかしなにを根拠に選べばいいのか。皆がレース前、馬たちがぐるぐると回る品評会みたいなの(パドックという場所らしい)を見ている。あれで「今日の9番は鼻息が荒くてイケそうだ」などと判断するのだろうか。
とりあえず、倍率を見たり、誕生日にちなんだりして適当に選ぶ。
レースが始まる。コースのはるか向こう、出走するのが見える。向こう正面を走っている間は、コースの真ん中にある大型ディスプレイで様子を確認する。馬たちがコーナーを回る。米粒のような馬と騎手たちが、どんどん近づいてくる。ドドドドと足音が聞こえてくる、走る、駆ける、そして観客たちも大声を張り上げていく…!
厳密には、私が競馬(のようなもの)に関わったのは今回が人生で初めてではない。
その昔、ヨーロッパの西の果て、アイルランドという小さな国で暮らしたことがある。そこでは、馬ではなく犬が走る「ドッグレース」というものがあった。ウサギの人形がコースをぴゅーっと進み、それを犬たちが追いかけて走るのだ。
二度ほど、このドッグレースに行った。そして一回も勝てなかった。私はそういうのに向いてないのかなと、それきり興味を向けなかった。
それから月日が経ち、北海道へ移り住んだときのこと。
荒川弘による、十勝の農業高校を舞台にした『銀の匙 Silver Spoon』という好きなマンガがある。そこでは「ばんえい競馬」というものがたびたび取り上げられていた。これは馬たちが、重りと人を乗せた「そり」をひき、障害を超えて進むというかたちの競馬だ。現在は世界で唯一、十勝の競馬場でのみ開催されている。
北海道に行ったならば一度は見てみたいと、帯広を訪れた際、競馬場へ足を運んだ。
屈強な馬たちが、重いそりを引き、進む。一般的な競馬と違ってゆっくりとした速度なので、観客はみな、馬に寄り添ってコース沿いを歩きながら、応援する。なんともほのぼのと楽しい。
物は試しと500円賭けてみたところ、それが3800円になった。なんというビギナーズラック…!恐れ慄いて、勝ち金で豚丼の特上を食べて逃げるように帰った。
荒川さんは「競馬場へ貯金しているだけ」と嘯くが、私にはなかなかそういう大胆なことができない。
アイルランドや北海道など、好奇心の赴くまま住む場所をぽんぽんと変えることには躊躇がないのに、賭け事では大胆さを欠く。面白いものだ。だがそういう人ほど、ちょっとしたきっかけでずぶずぶとハマってしまうのかもしれない。そういえば無頼派の小説家、織田作之助の話に、そういうのがあった。
小心な男ほど羽目を外した溺れ方をするのが競馬の不思議さであろうか。手引きをした作家の方が呆れてしまう位、寺田は向こう見ずな賭け方をした。執筆者へ渡す謝礼の金まで注ぎ込み、印刷屋への払いも馬券に変り、ノミ屋へ取られて行った。つねに明日の希望があるところが競馬のありがたさだと言っていた作家も、六日目にはもう印税や稿料の前借がきかなくなったのか、とうとう姿を見せなかった。が、寺田だけは高利貸の金を借りてやって来た。七日目はセルの着物に下駄ばきで来た。洋服を質入れしたのだ。
この日の東京競馬場。計700円賭けて、510円勝った。加えて入場料がかかる。「オンライン購入すると半額ですよ!」と場外で案内されて、促されるままに登録したら、入場料は200円から100円になった。そのままアンケートに答えたら、500円分のクオカードをくれた。差し引き、プラス210円なり。ジュースを飲んで帰った。



