YOMANAI
ジリアン・テットと井筒俊彦
著名なサブスタッカーの hikaru さんから、かつて一冊の本を教えてもらった。
2015年だったと思う。彼と私ともうひとりで、お互いの好きな本・嫌いな本を紹介するということがあった。
自分が何を挙げたのかは忘れてしまったが、樫田(hikaru)さんが『セイビング・ザ・サン』という本について話していたのを覚えている。
樫田さんは本書を何度も読み返した、と言っていたと思う(これに限らず、彼は気に入った本をよく読み返すらしい)。
かつて日本経済の屋台骨を支えたエリート集団の日本長期信用銀行(長銀)は、バブルの終焉とともに巨額の負債を抱え1998年に経営破綻、国有化の道をたどった。その後、米投資ファンドのリップルウッドが買収し、2000年に「新生銀行」として再出発を果たす。
この激動の様子を、英フィナンシャル・タイムズ紙の東京支局長だったジリアン・テットが、日米政財界の重鎮たちによる証言をもとに描き出したのが本書だ。
米国の面々が社内へ足を踏み入れた際の日本人たちの反応など、現場の空気感を生々しく伝える描写が随所に散りばめられている。
テットはタジキスタンでのフィールドワークを経験した文化人類学者という顔も持ち、後の著書『サイロ・エフェクト - 高度専門化社会の罠』(原著2015)ではソニーの衰退などを例に組織について論じている。
らしい。知らんけど。
というのは、私はこの本を読んでいないのだ。上の写真にあるように、所持はしていた。正確には、買って、手放して、を繰り返してきた。去年、国外へ転居する際に、蔵書をまるっと一掃したのだが、その時にまた手放すこととなった。
最初の10ページくらいを、はるか昔に読んだ記憶はある。確か、アメリカ人だが誰かが、飛行機に乗り合わせた誰かと喋っていた。よう分からんけど。
手放しては手に入れ、けっこういつでも手元にあった。そういう意味では、ある種の座右の書と言っても良いかもしれない。読んでないけど。
他にもこんな本がある。30以上の言語を操り、東西の思想を縦横無尽に語った稀代の哲学者、井筒俊彦による『意識と本質』(1983)という一冊。
前からなんとなく興味があった。それで2014年のことだったと思うが、知人の家に行ったら、これが本棚にあった。
「とある聡明な先輩が『1ページ目から分からない』と言ってて、『そんなわけないだろ』と思って読んだら、本当にそうだった」
という知人の話を聞きながら眺めていたら、
「どうせ読まないから持っていって良いよ」
と言われて、貰って帰ってきた。
そしてそう、それから今に至るまで、私はこの本を読んでいない。
その間、若松英輔による『井筒俊彦 叡知の哲学』という、良い評判を聞く解説書も手に入れた。その本も読んでいない。
私が大きな影響を受けた魚川祐司『仏教思想のゼロポイント』という本。この「ゼロポイント」という題は、『意識と本質』から来ているそうだ。
魚川さんは、2015年に紀伊國屋書店のブックフェア「じんぶんや」で、「それの何が面白いのか」という題で仏教や東洋思想に限らず様々な分野の本を紹介していた。その中にも『意識と本質』はあった。
禅宗の僧侶二人による「仏教のアレ」は、教理への深い造詣と、豊富な経験を兼ね備えたユニークで愉快なユニット(?)だ。そのウェブサイトでもこの本は取り上げられていた。
意識と本質―精神的東洋を索めて(井筒 俊彦)
日本の碩学の代表的名著。一見すると難しそうな文章が並ぶが、仏教が掴めてきた人には驚くほどスラスラ読める。世界の思想を縦横無尽に駆け巡り、その共通点や相違点を炙り出していく様は「圧巻」としか言いようがない。知的好奇心を存分に刺激される名著。
「一見すると難しそうな文章が並ぶが、仏教が掴めてきた人には驚くほどスラスラ読める」。とても面白いじゃないか。まあ、私は読んでないけど。
人それぞれ、その本を読むのに適したタイミングがあることも多いだろう。経験を踏まえても思う。
レオナルド・ダ・ヴィンチは「食欲がないのに食べるのが健康に悪いのと同じように、意欲がないのに学ぶことは記憶を損ない、吸収した知識を何ひとつ留めはしない」と言ったそうだ。
昔サラッと読んで何も引っ掛からなかった本でも、最近になって読み返したら撃ち抜かれる、なんてことがある。逆もまた然り。毎回が違う体験だ。
そうすると、何を持って「本を読んだ」と言えるのだろうか。ここまで私は読んでいない本について堂々と語ってきたが、これもある種の”読書”と言えるのではないか。いや、それは無いか言いすぎましたすいません。
あるプロフェッショナルファームにいた友人が、激務の末に調子を崩して、長期休養していたことがある。
湯治へ行ったそうだ。温泉地へ長逗留して、心身を休める。
そのとき、彼は『意識と本質』がスラスラと読めたという。そして東京へ戻ってきたら、読めなくなった。
本なんて、別に無理して読まなくてもいい。けれど、そういうものもあると知っていると、後々の人生で手に取るきっかけにつながるかもしれない。
友人のサブスタッカー asano さんが先日、誰かの言葉を引いて「一流のもので手軽に手に入れられるのは、書籍」と言っていた。
満腹ならゴロゴロしてればいいし、またお腹が空いたら美味しいものでも食べに行きましょう。




